七転八起の縁起物としてよく見かけるだるま、
東京では新宿のダルマ通り、原宿のダルマストリートなど
お守りなどの縁起物としてだけでなく、地名などにもダルマという単語が使われることがあります。
そんなだるまですが実際のところ、どんな意味が込められているのか、どの時代から親しまれているものなのか知っている方は少ないかと思います。
だるまとは、達磨大師の顔が描かれた、倒れても起き上がる人形のことで
モデルになった達磨大師はインド出身の仏教僧。
達磨大師は9年間もの間壁に向かって坐禅を行い、その過酷さから手足が腐り落ちてしまった伝説を持つ禅宗の祖師です。
達磨大師はインド出身ですが、中国に渡り禅宗を広めた人物で、その教えはやがて日本にも伝わり武士を中心に全国に広まりました。
これをきっかけに鎌倉時代に手足のない形の人形が作られるようになり、室町時代には、底におもりが入っていて倒れない形の置物である「起き上がり小法師」が日本に伝わりました。
そんな「達磨」が現代の縁起物である「だるま」の形になったのは、江戸時代に入ってからだと言われています。
室町時代に伝わった、本体の下部におもりを入れ、何度倒しても起き上がる「起き上がり小法師」と同じ形に作られるようになったのです。
また、当時日本では痘瘡(とうそう)、つまり天然痘が大流行しており、だるまが赤色なのは達磨大師の赤い服が魔除け、病気予防になると信じられていたためだとされいます。
そのため町人文化が盛んになった文化・文政に江戸中で爆発的に売れたのです。
また、
願を掛けるときに左目を入れ
願いがかなったらもう右目を入れる
という、だるまの目入れの風習ですが、
最初から願掛けのための風習だったわけではなく
江戸時代大流行していた痘瘡に失明などの後遺症があったため、だるまの商人は目無しのだるまを用意して
「目を入れる=痘瘡避けのおまじない」としたとの説があります。
目入れの意味が変化していったように、だるまの色の意味も変化していきました。
江戸時代にはほとんどのだるまが「赤」または「白」の色で、それ以外のだるまは見かけることはありませんでした
しかし、昭和以降になると様々な意味を込めて、赤色・白色のだるまだけでなく、いろんな色のだるまが作られるようになりました。
まず「黒色」のだるまには、商売繁盛の意味が込められています。
黒字を招き安定した金運を招き入れるとされています。
次に「黄色」のだるまですが、穀物の実りの色であることから、豊穣を意味します。また、転じて金運上昇などの意味も込められております。
「赤色」のだるまには先ほど紹介した通り、魔除けの効果があるとされており、病気や災難を妨げる縁起物として、最も古い歴史を持っています。
「白色」のだるまには合格祈願や大願成就の意味が込められており、赤色同様だるまが作られた当初からある色で古い歴史を持ちます。
現代では他にも様々な色のだるまが売られていると思いますので、今後縁起物として購入される場合やこの写真のようにタトゥーとして入れたいなと思われている方は、どんな色がいいか、その色にはどんな意味が込められているのかを調べてみるといいかもしれません。
新宿・原宿のタトゥースタジオ A-tattooでは、カウンセリングのみのご予約も可能なので是非ご相談ください。